
フランス中部の都市『ル・マン』で毎年6月に開催される伝統のレースである。1923年フランスの自動車愛好家の間で開催されたもので、耐久レースは市販自動車の耐久性と信頼性をアピールするのが目的で開催された。
常設のサーキットと一般公道を組み合わせた、全長13kmを超えるコース設定となっていて、一般公道の路面は荒れていてグリップ感は無く、又、昼夜間の温度差を含めマシンにもドライバーにもタイヤにも、全て『過酷な試練』が待ち受けている。しかし、こうした多くの苦難を乗り越えて、世界中から集まるマシンとドライバーが熾烈な戦いを走りきり勝利を手にするからこそ大きな栄誉と満足が【栄冠】として与えられる。だから72回の大会が行なわれ、そこから生まれる数多くの『語り』、この魅力は筆舌しがたいものである事は間違いない。ともかく、世界中のモータースポーツファンの人気を集めている。 |
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決勝レースに先立ち、公式練習が午前/午後の計8時間のセッションが行なわれた。天候は晴れ、最高気温23℃路面温度32℃であった。
オールジャパンプロジェクトチーム『ADOVAN KONDO Racing』は、この日の為に事前にベルギー(スパフランコルシャンサーキット)で04年度仕様の童夢S101/無限MF408SとADOVANタイヤの仕様決定を実施した。このテストでは200周以上をこなし、実践に向けて手ごたえを充分感じとった。
午前中のテストは、コース上にオイルを撒くマシンがでる等、テスト項目を消化しきれないでいた。若干のトラブルが発生し、修復作業を強いられたが、修復後、加藤選手が駆り午前中のベストタイム3分45秒756記録し、9周連続でマークしてテストメニューを消化した。
午後のセッションは、加藤選手がステアリングを握りタイヤテストを中心にプログラムを消化、更に、今回初のルマン参戦となる道上選手が走行を開始、続けて下田選手がステアリングを握り、マシンやタイヤ及びコースの確認を行なった。再び、加藤選手が駆り、3分39秒699をマーク、タイヤを履き替えて更にアタックを行い、3分36秒150まで短縮、総合4番手につけた。マシンについてもタイヤについても確かな手ごたえをつかみ、近藤監督は大いに手ごたえをつかみ自信を深めたル・マンテストデーであった。 |
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ドライバーが急遽、下田選手から福田選手に変更になった。
2時間2セッションで行なわれる予選。
タイムを出す条件が難しく、セッション1は19-21時(ヨーロッパは夏至時間で21時過ぎにならないと暗くならない)の日中の気温が高い時を狙ってタイムを出さなければならない。
セッション2は22-24時と文字通りの『夜間走行』となる。この戦略・作戦こそ、長丁場を制する重要なファクターとなるのである。ADVAN
KONDO Racingは、予選開始早々パドルシフトトラブルに見舞われ、修復に時間を要した。修復後、ADOVAN KONDO Racingは、加藤-道上-福田の順で交互にステアリングを握り、マシン及びタイヤのチェックを行なった。加藤選手が、最初のアタックで3分43秒853で7番手のポジション、徐々に日没となる寸前に猛然と各チームはアタックを開始、加藤選手は3分42秒143のベストタイムを記録し10番手で1日目を終了した。 |
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予選2日目、全て前回のテスト仕様の状態に戻し、MF408S-Engもレース用に載せ代えタイムアタックを開始した。
並行してチームはピット作業に於けるタイム短縮を狙ったプログラムを開始、タイヤ交換・ドライバー交代とタイムロスを極力省きスムースな送り出しが出来るよう作業の確認を行った。コースオープンから30分過ぎた頃、前日に引き続き加藤選手がタイムアタックを開始3分39秒514を刻み、8番手に浮上、更に3分36秒736のベストタイムを更新アウディー勢に続く5番手を獲得した。
以降、昨日に続き各チームは猛烈なアタックを開始したZytecが3分33秒923で、まずトップ、残り5分でAudiが3分33秒233でZytecを降ろしてトップ、残り90秒でAudiが(ジョニーハーバート選手)3分33秒024を出しトップ、2日間の壮絶な予選を終えた。ADOVAN
KONDO Racingは、1日目の予選から3つポジションを上げて、7番手についた。セッション2にも関わらず加藤選手は積極的にアタックを行い、更にコンマ5秒上げて3分36秒285をマークした。一方このセッションは、各チームとも夜間走行の習熟とレースシュミレーションを行い、ドライバー及びチームスタッフに最終確認を行なった。 |
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| 以降、昨日に続き各チームは猛烈なアタックを開始したZytecが3分33秒923で、まずトップ、残り5分でAudiが3分33秒233でZytecを降ろしてトップ、残り90秒でAudiが(ジョニーハーバート選手)3分33秒024を出しトップ、2日間の壮絶な予選を終えた。ADOVAN
KONDO Racingは、1日目の予選から3つポジションを上げて、7番手についた。セッション2にも関わらず加藤選手は積極的にアタックを行い、更にコンマ5秒上げて3分36秒285をマークした。一方このセッションは、各チームとも夜間走行の習熟とレースシュミレーションを行い、ドライバー及びチームスタッフに最終確認を行なった。 |
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6月12日(土)午後4時20万人の人々が見守る中、決戦の火蓋は切られた。
予選7番手からスタートした加藤選手は、開始早々8周目ホイールのバランスウエィトが外れるトラブルに見舞われ緊急ピットイン、その後は安定したペースで快走を続けた。この間、Audi8号車と2号車が相次いでコースアウト、セーフティーカーが導入された30周目順位を上げて2番手道上選手にバトンタッチ、コンスタントにタイムを刻み、ポジションを上げ3番手で走行。
道上選手は次のドライバー交代でピットに向かうユーノディエールストレートで6速全開の中、突然リアドライブシャフトのトラブルに見舞われクラッシュもせずに、スローダウンしてピットに向かう道上選手のドライブは見事としか言いようがない。修復作業にメカニックは懸命の作業で30分近く費やして、福田選手が乗り込んだ時点で、トップから9周遅れの23位でコースに復帰した。その後、福田選手は着実に順位を上げ6時間を経過した時点で総合6位までポジションを上げ加藤選手にバトンを引き継いだ。 |
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| 14時間目ルーチンワークのピットイン、福田から加藤にバトンタッチ、しかしマシンがスタート出来ずメカニックが慌しく動く、原因は駆動系のトラブルで、惜しくも7時48分無念のリタイアとなった。レースは、その後チームゴウとチームベロックスのAudiがワン・ツー・フィニッシュを決め14年ぶり、ルマン久々の日本人ドライバー優勝で沸いた。 |